映画評論家から映画監督へ。名匠と呼ばれたピーター・ボグダノヴィッチ監督の15年振りの新作『マイ・ファニー・レディ』が公開中です。ボグダノヴィッチ監督に最新作の製作、過去の名作からの引用のセリフについて、映画作家ベスト5などのお話をおうかがいしました。
あたため続けた原案、
ウェス&オーウェンとの出逢いで実現。
ー90分の上映時間の間ずっとさざ波のように笑いが続くという、実に幸せな体験をさせていただきました。恵まれない境遇の女性にお金をプレゼントする奇癖のある男が主人公の話というアイディアはかなり前から監督の中にあったそうですが、実際に作品になるまではどのような経緯があったのでしょうか? 主役の演出家 アーノルドを演じたオーウェン・ウィルソンさんやプロデューサーのウェス・アンダーソンさんとの出逢いがきっかけでしょうか?
ピーター・ボグダノヴィッチ監督 ストーリーは『セイントジャック』(79)という作品の製作のためにシンガポールにいた時の出来事が元になっています。オーウェンたちとの出逢いはその後、私の前妻でプロデューサーのポリー・プラットがヒューストンでウェス・アンダーソンの『ボトル・ロケット』(96)の仕事をしていた時。彼女が言うには「私が知っている中でウェスはあなたに次いでふたり目。自分が何を撮りたいかはっきり明確にわかっている監督としてね。ウェスはあなたの大ファンだというの、会ってみない?」と。ちょうど私もヒューストンにいたので会ってみた。そのうちNYでも会うようになり友情を育んだ。オーウェンとも知り合いになりよくテレビシリーズやドキュメンタリーの一気観を一緒にするようになったのです。特に彼は私のドキュメンタリー作品『ディレクティッド・バイ・ジョン・フォード』(68)を気に入ってくれていて遊びに行くとそれを流しながら話したり。
ー主役のオーウェン・ウィルソンさんは、ブロンドに青い目白い歯のいわゆるナイスガイ風ルックスですが、人の良さとなんともいえない軽みがあって楽しさが倍増された感があります。
ピーター・ボグダノヴィッチ監督 オーウェンは昔ながらの古典的なスターの魅力、誰が見てもオーウェンとわかる確固たる個性を持っている。人間的にも大好きでこの役にぴったりなんじゃないかと思ったこと、それからウェスとノア(・パームバック)がプロデュースしてくれたらうまく行くのではないかと思ったことから企画がスタートしたとも言えるでしょう。

「リスにおやつのナッツをあげる人がいるならば、ナッツにリスをあげてもいいじゃない」
from エルンスト・ルビッチ
ー劇中アーノルドがイジーにプレゼントを申し出る際「ナッツにリスをあげてもいいじゃない」と言います。アーノルドの毎度の決め台詞なのですがこれはエルンスト・ルビッチ監督の作品『小間使い』(46)からのセリフの引用だということです。監督の以前の作品『ラスト・ショー』(71)や『ニッケル・オデオン』(76)などでも過去の作品が実にうまく登場します。引用好き、これはなぜでしょう?
ピーター・ボグダノヴィッチ監督 それは過去の作品へのリスペクトです。引用にはそれぞれの作品にしかるべき理由がある。今回はルビッチのこのセリフが面白いと思うし、『小間使い』でも私の作品でも成立していると思う。残念ながらルビッチに会うことはできなかったけど、彼は私が愛する映画作家トップ5のうちのひとりです。
ちょっとひとこと言いたいのは、アメリカの映画評論家にありがちなのですが、何でもかんでもオマージュを捧げていると言うのはナンセンスだということ。引用するのはある映画作家に対して意味のあるリファレンス こういうこともやっていましたね、ということであるかもしれないし、過去の作品に使われていたものが自分の作品を綴るのに技術的に必要だから取り入れることもあるかもしれない。私がロングショットシーンを入れるとすぐジョン・フォードへのオマージュだと言われるが、ただ単にその技術が必要だから使っているだけのこともあります。


アーノルドが演出する作品のオーディション会場。出演するアーノルドの妻で女優のデルタ(キャスリン・ハーン)、俳優のセス(リス・エヴァンス)が待ち受ける中、会場に現れたのはなんとイジーだった。脚本家のジョシュア(ウィル・フォーテ)はイジーに一目惚れ。ジェーンという恋人がいるのにもかかわらず。
ー愛する映画作家トップ5は監督の著作になっている5人でしょうか。オーソン・ウェルズ、ハワード・ホークス、アルフレッド・ヒッチコック、ジョン・フォード、フリッツ・ラング……これにルビッチを加えると6人になってしまいます。
ピーター・ボグダノヴィッチ監督 アラン・ドワンについても本を書いていますけどね。ジャン・ルノワール、フォード、ホークス、ウェルズ、ルヴィッチ……え、これでもう5人? キートンもいるし。好きな映画作家はたくさんいます。
ピーター・ボグダノヴィッチ監督 プロフィール
Peter Bogdanovich
映画作りに大切なことは
たくさんあるが……。
ー子供の頃からお父上と映画館に通う映画好きだったということですが、実際に監督を志したきっかけは?
ピーター・ボグダノヴィッチ監督 その通りですがまわりは私が俳優になるんだろうと考えていたと思います。なぜかというと自分の好きな映画『赤い河』(48)『黄色いリボン』(41)『花嫁の父』(52)『幽霊西へ行く』(34)などを演じてみんなに見せたりしていたからね。当時は監督が何をする人かわかってなかった。しかし16歳の時オーソン・ウェルズの『市民ケーン』を見て、これが監督なんだ、ということがわかりました。1941年の公開以来の回顧上映がイーストサイドの劇場で行われていて見たのです。私の世代の映画関係者の多くはこの作品がきっかけになったと思います、少し前の世代にとってのD・W・グリフィス監督のように。
ー長じて監督になる前に、MoMAでオーソン・ウェルズほかジョン・フォード監督などの回顧上映の企画を担当され、そのたびごとに本を出版されています。
ピーター・ボグダノヴィッチ監督1959年には芝居の演出をして、その後お金が必要だったのでアルバイト的に映画についてのもの書きの仕事をしていました。アッパーウェストサイドに昔の映画の上映にかけてはパイオニアの劇場『ザ・ニューヨーカー』がありました。そこの劇場プログラムのようなものを書き始めた。そこでオーソン・ウェルズの『オセロ』が上映された時「今までに作られたシェイクスピア作品の映画化作品のうちで一番素晴らしい」と当時の評判とは真っ向反対の自分の思いを書いたのです。それに目を留めたMoMAのキュレーター リチャード・グリフィスからウェルズの初の回顧展をやるのでキュレーションをやってみないかと声をかけられたのです。ウェルズのあとは、ホークス、ヒッチコックの新作公開に合わせてそれぞれ回顧展を提案して行いました。
ー映画監督になる以前は映画評論家というのはフランスのヌーヴェル・ヴァーグの監督たち トリュフォーやロメールを彷彿とします。最後に監督が映画作りにおいて大切にしていることは何でしょう?
ピーター・ボグダノヴィッチ監督 たくさんあります、2つに絞って言うならカメラの位置、それから俳優たちにかける言葉を知っていること。ユーモア? もちろん! 作品にもよりますがシリアスな映画でもなんらかのおかしみを入れることは重要だと思います。

イジーが自分の半生、映画への愛を語ることにはじまる登場人物たちの絶え間ないおしゃべり、抜群の切り返しと「ナッツにリスを……」の決め台詞の繰り返しが創り出すポップなリズム感。はさみ込まれるスラップスティック・ギャグ、ウフウフと小さく笑っている間にラスト、大物セレブリティがカメオ出演のサプライズあり。『マイ・ファニー・レディ』 は
映画の楽しみの曳き出しが数え切らないほどある薬棚のようである、
と、観察しました。
2015年12月19日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA他全国公開中!
出演:オーウェン・ウィルソン、イモージェン・プーツ、キャスリン・ハーン、リス・エヴァンス、ウィル・フォーテ、ジェニファ・アニストン、シヴィル・シェパード、ジョージ・モーフォゲン、イリーナ・ダグラス
監督:ピーター・ボグダノヴィッチ
製作 ウェス・アンダーソン、ノア・バームバック
音楽 エドワード・シェアマー
編集 ニック・ムーア
原題:She’s Funny That Way
配給:彩プロ
2014 年 / アメリカ / 93 分 / アメリカンビスタ / 5.1ch
STTN Captial,LLC 2015