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中野剛志 緊急インタビューTPPはなぜダメなのか? その2

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自由貿易を掲げる時代は終わった。

――そもそも「アジアの成長を取り込みたい」のであれば、中国や韓国などの成長国と個別にFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)を結べばいいのではないでしょうか。

日中韓にはもともと、「ASEAN+3」という経済連携の枠組みがあります。ただ、今のところ構想段階にとどまっています。このASEAN+3のみならず、現在は世界全体が経済連携の方向には向かっていないのです。

’08年のリーマン・ショックにより、世界経済の構造は大きく変わりました。自由貿易や経済連携を一層推し進めて富を得るというのはすなわち、’08年以前のグローバリゼーションの論理です。米国で住宅バブルが起こり、大量消費が沸き起こった。パイが膨らんでいる時代だったからこそ、自由貿易・経済連携を促進することで各国は富を得ることができた、デメリットを相殺するだけのメリットを享受できたわけです。しかし、リーマン・ショックで米国も欧州も不況に陥り、世界の需要は縮んでいる。そうした時代には、他国と経済連携を取ることはなかなかできない。むしろパイが縮まっている中での市場争奪戦に変貌しているのです。

現に、経済連携の最も進んだ形態といえるEU経済がおかしくなっている。’08年以降の世界では、2000年代に流行っていた自由貿易のトレンドは終わったとみるべきなのです。にもかかわらず、米韓FTA(11月22日韓国議会で強行採決された)やTPPだけがなぜ進んでいるのかといえば、国内市場が収縮した米国が他国の市場を奪うための戦略に他ならないからです。

アメリカの狙いはなにか。

――米国は具体的に、日本のどのような市場を狙っているのでしょうか。

日本の大多数の人は、農作物の輸入拡大を懸念しています。しかし、関税という観点で言えば、日本の農作物の関税率はけっして他国と比べて高いものではありません。TPPがターゲットとしているのは、農作物だけではなく、また、関税という問題だけでもないのです。

米国は2010年からの5年間で輸出を倍増するという輸出倍増計画を発表しているわけですが、米国の輸出の3割は金融、保険、医療、建設、電気、映像・メディアといった「サービス」で占められています。この分野について米国は、2倍ではなく3倍にすると言っており、当然、日本のサービス市場もターゲットとしているはずです。現に米国のカーク通商代表は、11月13日の事前協議の段階で「牛肉、郵政、自動車」を自由化の最初の対象として突き付けてきました。

しかし日米では、それぞれの国内におけるサービスに対する制度設計、ルールが大きく異なっており、現状、米国企業は日本市場に自由に参入できません。これらの規制を米国は「非関税障壁」と呼び、撤廃を求めているのです。非関税障壁を撤廃するとはつまり、日本のサービスに関する制度を米国の制度に合わせるということです。

TPPはアメリカのルールを押しつけるもの。

――日本国内のルールを、米国に都合のいいルールに変えてしまうということですか。

そもそも米国の貿易交渉は、すでに30年も前から、関税の撤廃というよりは相手国の制度を自国の制度に合わせることに主眼を置いてきました。1970年代初頭までに、世界各国の関税率はおおむね引き下げられています。しかし、関税のない中で企業が自由競争をすれば、優れた製品を作る国の企業が勝つことになり、自動車などは日本企業が米国企業より優れた製品を作るため、日本企業が勝ってしまう。だから、関税の引き下げではなくて、自国の企業にとって有利なルールを他国に導入させてしまおうというわけです。日本政府に大規模小売店舗法を廃止させるとか、労働市場を自由化させるとか、郵政を民営化させるといったこれまでの対日政策も、すべてこの考え方をベースにしていたのです。

そのことは、オバマ大統領は11年初の一般教書演説において、「自由貿易」という言葉は一度も使っていないことからもわかります。彼は「輸出を増やし、雇用を拡大する」としか言っていない。輸出で雇用を拡大するとはつまり、他国の雇用を奪って自国の雇用を拡大するという意味です。経済学でいうところの「近隣窮乏化策」というものです。

企業間の自由競争ではなく政治的な圧力を背景としたルール作りという勝負では、米国に圧倒的な分があります。日本が自国に有利なルールを米国に押し付けたためしなどありません。それが現代の貿易交渉であるにもかかわらず、TPPの国内論議では関税ばかりに目を奪われているわけです。

TPPの交渉は21分野に及ぶものであり、その中には医療・保険や知的財産権といった「非関税障壁」の分野も数多く含まれています。それなのに日本は、農業・工業の関税という1分野だけしか議論せず、他の分野については「交渉次第、守るべきものは守る」などとのんきなことを言っている。得るものは何もないのに、農業の他にも守らなくてはならない「非関税障壁」が20もあるのです。

交渉とは、何らかの譲歩を引き出す代わりに、自らも何らかの譲歩をするというゲームです。しかしTPPにおいて、日本は譲歩できない事柄がかくもたくさんある。そんな状況で一体どうやって自国に有利なルールを作るのでしょうか。はなはだ疑問です。

国家主権より企業の利益が優先される異常。

――ルールという観点では、ISD(投資家対国家の紛争解決)条項を懸念する声もあります。これは具体的にどのようなものなのでしょうか。

ISD条項は、NAFTA(北米自由貿易協定)や米韓FTAなどにも盛り込まれている項目で、投資家が他の国の政府を訴えるための手続きを担保するものです。たとえば、NAFTA加盟のカナダの政策によって米国の投資家が損害をこうむった場合に、投資家がカナダ政府を訴えることができる。しかし訴える先はカナダの司法機関ではなく、世界銀行の傘下にある国際仲裁所です。その審査基準は、政策がカナダ国民の公共の福祉に合致しているか否かではなく、投資家が損害を蒙ったか否かだけで判断するものです。上訴はできず、審査も完全非公開で行われます。TPP交渉においても、米国側がISD条項を盛り込むよう求めてくることはほぼ間違いありません。

この条項により、国が企業、とりわけ米国企業に訴えられるケースが増えています。たとえば、カナダで、米国の廃棄物処理企業がPCBを米国内に移送して処理しようとしたのですが、カナダ政府が環境規制上の理由から許可しなかった。そこで米国企業はISD条項にのっとってカナダ政府を訴え、巨額の賠償金を得たという事例があります。同じくカナダ政府が、ある神経性物質をガソリンに混入することを禁止していたところ、米国の燃料メーカーから訴えられました。カナダはメーカーに巨額の和解金を支払うとともに環境規制を撤廃することになりましたが、おかしなことに、同じ神経性物質をガソリンに混入してはならないという規制は、米国のほどんどの州で採用されているのです。メキシコでは、ある米企業が工場を設置する際に地下水を汚染することが判明し、地元自治体は一旦下した設置許可を取り消したところ、これも企業側から国は訴えられ、巨額の賠償金を払わされました。

保険制度もエコカー減税も影響を受ける。

――日本の企業が、他の国を訴えるというケースは考えられないのでしょうか。

ISD条項は一般に、投資制度が十分整備されていない途上国での取引の安全を保障する条項と考えられており、日本政府もそのような立場からISD条項を容認する方針のようです。しかし、ISD条項そのものが危険であるというより、TPPに加盟する以上は、米国という訴訟大国の投資家が相手となるから問題なのです。

前述したNAFTA内でのケースなどは、他国の主権の侵害、しかも国ではなくグローバル企業による侵害と呼べるものです。米国グローバル企業による条項の「濫用」こそ、警戒しなければなりません。米韓FTAの国内審議が非常に揉めた最大の原因も、ISD条項が盛り込まれていたことでした。

たとえば日本でも、TPP加盟後は、国民皆保険制度やエコカー減税といった政策が攻撃対象になる可能性が否定できない。保険を手厚くしようとしたりエコカーのみを減税したりするということが、海外企業から参入障壁ととらえられるからです。いくら「医療保険はTPPの議論の対象とはならない」と言っても、ISD条項が盛り込まれれば同じことなのです。

■中野剛志 プロフィール

(なかの・たけし) 京都大学大学院工学研究科准教授。東京大学教養学部を卒業後、1996年に通産省(現・経済産業省)に入省する。資源エネルギー庁を経て2000年より英・エディンバラ大学に留学、同大博士号(社会科学)を取得。経済産業省産業構造課課長補佐を経て2010年より京都大学に出向、翌年より現職。専門は経済ナショナリズム。主な著書に『国力論―経済ナショナリズムの系譜』、『自由貿易の罠―覚醒する保護主義』、『TPP亡国論』など。



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